『ひばり』2/22ソワレ

 ばたばたとしてます。いつものことですが。
 沖縄から帰った次の日、海外からのお客さんをお迎えして諸手続に同行、合間に、会議と〆切と宴会、その翌日東京の会議に出席、昨日帰ってきました(苦笑)。あまりに無茶苦茶なので、東京出張キャンセルしようかとよっぽど思ったんだけれど、早くに調達してた「ひばり」チケット、これが有ったのでやめられませんでした。


 で、ひばり…。

 松さん、すばらしかったです。
 ニナガワ色を超えていた。吸い込みながらも染まらず凜と、彼女でしか表現できないジャンル・ダルクでした。
 法廷「劇」のからくり(演出)の中で、時間を縦横にかけながら、少女から乙女まで、憑依した神の声から勇者の叫びまで、ありとあらゆる局面のジャンヌを、まるで黒子(灰色)のような衣装のまま演じてのける力。そこから明らかになる、ジャンヌの、健気さ、勇気、敬虔、策略、素直、優しさ、弱さ、強さ、可愛らしさ、無邪気、失意、作為、偶像化…
 ありとあらゆる姿が、松さんの表現の中に表れ出でてました。


 ともかく、空気を圧倒する台詞量。その中でも特に掛け合いの、丁々発止の台詞の応酬の中での松さんの表現が、ぐわんと心臓を鷲づかみにします。
 相手の言葉、それが紡ぐ空気とともに、語っていない松さんの表情や身体が、どんどんどんどんすごいスピードで変化していくんです。「言葉」無くとも語り続けるジャンヌ。そして、相手の動作や言葉の「間」に、それでしかない、というリズムと表現で次の「手」を組み込んでいく、松さんの「息」。それによって、紛れもない「台詞」が「場」そのものを決定し、「気」を生み、こちらの心に訴えかけます。
 松さんが語り出すだけで、その内容やら状況やら、そういう客観的部分は抜きにして、その「気」の強さに、涙がこみ上げてくるような、そんな有様です。いや、ほんとに…。
 すごい人だ、ほんとにすごい役者さんだ。


 ところで、エンディングの演出は、原作脚本通りなんだろうか。
 敢えて「糊塗」を印象づける場面の置き換えを敢行、そして改めて輝かしく登場する一行の中にあって、「毅然」とも「無表情」とも言い得る強い視線で頭を上げるジャンヌ…。原作、読んでみようかな…。


 他の出演者では、ウォーリック伯爵の橋本さとしさん、シャルルの山崎一さんが、とても良かった。さとしさんは、去年の夏の「噂の男」とは全然違う佇まい(笑)。あくまで傲慢に侮蔑的、威圧的で凡庸なリアリスト。唯一のイギリス人としてすごい存在感でした。声もいいしなあ。
 それと見事な好対照の山崎さん、細くて華奢で頭でっかちで、臆病かつ冷笑的、退廃し疲弊したフランス王そのものでした。途中で鬘が取れちゃったのはご愛敬(苦笑)。鬘をつけ直すシャルルをかばいつつ、神の光を手に集めるかのような美しい動作をしていた松さんのアドリブにも脱帽しました…。

 
 一緒に見た仕事仲間は、終わった後、ただただ「うーん」と唸ってました。彼がそんな風に言葉を失うのを見たのは久しぶり(笑)。へへ、しめしめ。その後、滝のようにしゃべり続けてましたが、結論としては、松たか子が出る芝居なら次も見たい☆これに尽きるようだったな♪ また、一緒に行こう!
 

アヌイ作品集〈第1〉 (1957年)

アヌイ作品集〈第1〉 (1957年)

(『ひばり』が収録されていて今買えるのは、これくらいのようですね…)