『ブエノスアイレス』メイキングーー『摂氏零度 春光再現』

ブエノスアイレス 摂氏零度 [DVD]

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誠品書店地下に巨大看板が出ているのでとうとうDVD買いました。中国語版で鑑賞。日本でも販売されてますが、翻訳同じかどうかわかりません。上ははまぞうで貼った日本版のカバーで、映画本編と同じ緑色なんですが、中国版は全然ちがうの、赤いの…。以下、完璧にネタばれで行きますので、OKという方だけどうぞ。
      ***ーネタばれご注意ー***
形としては『ブエノスアイレス』のメイキングという体裁を取っていて、確かに王家衛のスケッチやレスリーレスリー・チャン*1張國榮)やトニー(トニー・レオン梁朝偉)らのオフショット満載、映画が形を取っていく(混乱の)過程を感じることのできる作りです。でも、ちょっと「舞台裏」「メイキング」と言い切るのに躊躇するのは、全く異なるストーリーで絵が埋め尽くされているからでしょうか。もちろん、『ブエノスアイレス』出品バージョンの場面(またはそれにニアミス)の絵も出てくるのですけどね…。でも印象が全然別物。
まず、2人の女の存在が驚愕。完全カットだったのね。關淑怡を使ってたのに、まあほんと大胆。あっさり全部没!いやそれでよかったとは思います。映像はものすごく綺麗だったから、それは惜しいけど。
それに反して、初めの方の、トニーに密かに恋する中華レストランの女主人は有っても許せたかも。トニーとレスリーの愛に嫉妬する中年女性です(この女優さん誰かな、どこにも名前が出てこない。どこかで見た覚えがあるような…広東語喋ってるけど…)。でも彼女の登場は、トニーの自殺というストーリー展開と、父の恋人(男)を追ってアルゼンチンにやって来たトニーに背負わせた原罪(?)という設定(これは私の推測:下記参照)の上に成立しているので、プロット自体を全く別物に仕立て直さないといけないことになってたでしょうね。
それにしても、トニーの死後にトニーを訪ね、彼の部屋に居座るその女に遭遇するレスリーの痛々しい演技は絶品だった。自己愛と赤裸々さと危うさが、その抑制した表情から溢れ出してました。あんなふうな、ナルシシズムに支配されて最後に自己を喪失する男の表情、そんなものを表現できる役者って、ほんと他にいないよ…、レスリー…(涙)。彼も*2、オンとオフでドキドキするほどに異なる世界をまとう人でした。オフではいつまでも童顔でお茶目で根っからの香港ボーイ、撮影中に誕生日を迎えてのケーキカット、そのニッコニコの天真爛漫な笑顔が眩しいです(涙)。
私、レスリー後、香港アクターではトニーがやっぱ一番好きです。でも、彼は全然タイプが違うのね。もちろん演技力なんかすごいんだけど、彼はほんとに中華世界の伝統的君子の系譜にきちんと身を置くことのできる大人です。物腰やたたずまいもほんと完璧な紳士で、カンヌの『2046』赤絨毯シーンでは、いやあ彼と並んで歩いたキム○クさんはほんと気の毒でした。大人度が違うよ、あんな場面で女性より身を乗り出して歩くなよ(恥)。
でもね、レスリーというと、私の偏愛史の幕を切って落とした人物ですから、私んなかではやっぱトニーとは別格です。あの時代の切っ先に身を投じる捨て身の危うさ*3、大言壮語を自ら撤回したり*4、それは時にみっともなさと紙一重なんだけれど、エキセントリックでどこか幼いひたむきさは、もう切ないってもんじゃなかったです。で、一旦演技に落ちると(彼は「落ちる」という感じ)あの赤裸々な演技と表情でしょう…。
わーごめんなさい、レスリーを語るとつい止まらなくなって…。
で、先に書いた「トニーに背負わされた原罪?」という推測についてです。実は、トニーがアルゼンチンにやって来たのは、父の恋人(しかも男の)を追う、という設定が存在したのでした。そのトニー自らが同性のレスリーを愛することで、父の愛を追体験してしまうという(これは字幕にあったね)。
とするとですよ、あのトニー&レスリーに猛烈に嫉妬する中年女性って、もしかすると自分の母、つまり父の妻が投影されたって解釈できませんか?トニーの死に立ち会い、その空き部屋に入り込み、内装も何もかもすっかり女の部屋に変えて、レスリーの訪問を待つだけの役を与えられた女。空き部屋は夫の愛無き心、トニーに会おうとやって来たレスリーに「お前は彼が死んだことを知らないのか」と言い放って奈落に落とす女。
…うーん、このストーリー有ってもよかったかもね。別物になってても。『阿飛正伝』でも、私、レスリーとその母との場面好きだったんです。上海語を話す前時代を引きずる母に心を支配されている息子レスリー。そのマザコン気味のナルシシズムは耽美で耽美で…、「上海語」という、あのシーンでは「世紀末」を象徴するーそれを敢えて母にまとわせるというー設定と相まって、来るべき彼の破滅を暗示するかのようでした。
あ、ラストに置かれていた、若い女性(關淑怡)とトニー&張震のからみは無しで正解だったと思います。あれはいらねえ。張震も好きですが、うーん、彼の台湾式北京語はあの場面では幼さばかりが際だってしまって…。いや、それがねらいだったのかもしれないんですけど。
ちなみに、この『ブエノスアイレス』、『Cut』2004/11月号のアジア映画特集で、どうどうの1位に輝いてましたね(笑)。この雑誌、本当は森山未來くん目当てで買う予定だったのですが、未來くんの記事が急遽取りやめになっちゃっ…、でもまあアジア映画だしってんで友人に送ってもらいました☆。好きな映画だけど、うーん、でも1位かなあ、1位かなあ、1位かなあ(しつこい)。同じ王家衛なら、わたしはやっぱ『阿飛正伝』(『欲望の翼』)です。これは動かない。
欲望の翼 [DVD]

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*1:日本では「チャン」とするのが一般的みたいだけど、それだと「陳」だろう、なんていつも思います。「チュン」だとだめなのかな

*2:いえ今完璧にはまってる俳優&ダンサーがいるので(笑)。醸し出す世界全く違うので比べるつもり毛頭ないです

*3:もちろんカミングアウトも

*4:有名な、俳優廃業宣言→カナダ移住→香港カムバック