緒形拳さん

 驚きました。
 予想もしなかった。ものすごい俳優さんだと、瞬きをするのも忘れて見入ってしまう…そんな方でした。
 緒形拳さんが登場するだけで、空気の色が一変する、とんでもない迫力の方…。あの方が特別だと思うのは、その存在感がただただ威圧的な重厚さにあるのではなく、時に飄々と風のような軽やかさを感じさせたり、圧倒的な支配力を漂わせながら世にも穏やかな笑みを浮かべておられたり、常に人の予想の向こうに歩を進めておられるような手の届かなさだったんじゃないでしょうか。いえとても親しみ深いのだけれど、それも含めて、ああこの人には何も届かない、と思わせる、そんな大きさを感じさせました。全くステロタイプに収まらない、まさに「緒形拳」でしか有り得ない、在り方。

 
 いまも忘れられない緒形拳さんの映像でいの一番に挙げたいのはドラマじゃなくって…。

 それは、1991年にTBSで放映されたドキュメンタリー『萬里の長城』→http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/i0009.html

 ずっと緒形拳さんは案内人だったのですが、東端の関所である山海関で当時の官吏を演じるシーンがありました。シチュエーションがうまく思い出せないのですが、清朝か明朝かに捕らわれた関外(非漢族)の高官ーー女真族なのかしらーーが送り返される、たしかそのシーン。それまで普段着の旅人としてカメラの前におられた緒形拳さんが、一転して装束に身を包み髪を結い、馬上の人として姿を現すと思わずテレビの前に座り直しました。緒形さんが演ずる異民族の高官は、通り過ぎた長城を振り返り厳しい表情でそれを眺めやったのです…。うつむき気味に関所を越えた彼が、関外の民族を排除し続けた中華の象徴たる、その巨大な龍のような長城をキッと見据える,その一瞬にどうにも形容のしようのない凄絶な空気が画面を支配し…戦慄が走りました。
 すごい。すごい。すごい。
 圧倒されてポカンと口を開けてテレビを見つめてしまいました。

 このシーン、憶えている人がかなりおられて、その誰もが「あの緒形拳はすごかった」と口をそろえてしまう。そんなすごい一瞬。ああこの番組、なんとか再放送してくれないかしら…(懇願)。


 もう一つは、これは映像ですらない(苦笑)。
 10年くらい前だったかな、『週刊文春』の「家の履歴書」というコーナーで緒形拳さんが取り上げられていたのを、偶然読んだことが有りました。
 通常は、見開き2ページ、だったかな?それが4ページ、いや6ページだったのかな…、破格の紙幅だったのもさることながら、その内容がこれまたすごい。若い頃の戦中戦後の日々から始まり、劇団に入った当初のあれこれが、独特の口吻で語られていました。そのおもしろさに、何度も繰り返して読んでしまったことを憶えています。
 たまたまその時そばにいた友人(男性)に読むように勧めたところ、その友人が読み終わって一言、
 「凄い人だね……」
 と言ったことも含めて、今もまざまざと思い出されます。

 残念なのは、その記事を残さなかったことで…。時々思い出しては、いつかまた読みたいなあと思うほど。そんなこと、普段はあまり思わないのに…ねえ。


 すさまじい役者さんでした。
 未來さんに共演して欲しい俳優さんの筆頭だったけれど、間に合わなかった…(涙)。
 どうぞ安らかにお眠りください。数々の感動を、ありがとうございました。