焦点

 黒アリスの黒くまとった薄衣の向こうの、閉ざされた視線への焦点が、少しづつ合い出しました。


 WONDERLANDの舞台は、
 「言葉」ではなく、音楽と、それと一体化した身体の動きだけで構成されていたから、
 あちらとこちらが行き交うような、引きずり込まれるような律動を持っていたから、
 一つを思い出すと同時にこちらがズルリと異次元に引きずり込まれる、そういう心のザワザワを引き起こしてしまいます。
 あの時の、あれやこれやが、一気にフラッシュバックする。
 ダンスってすごいぞ。
 そればかり思ってたこの10日間…。


 音楽とともに、少しづつ現す黒アリスの姿に感動しながら、それ以上に、記憶と焦点が合いそうな「気配」にオロオロしながら思ってみるのは、苦悩する心を全てを解決してみせた訳ではない、あの場面のこと。
 むしろ、解決への旅立ち(ゆめと微笑み合う、あの時間が巻き戻ったスタートライン)までの遠い道のりを、ひたすらひたすら、投げ出すこと無く描いていたあの時間のこと。


 周囲に醸されていた音や空気の由来が明らかになっても、あの沼の青年と誰かが視線を合わせることは、きっとないのでしょうね。
 青年自身すら、自分の内面と目を合わせられなかった、あの場面。
 影と一体化しそうな、闇への怯えに満ちていたあの場面。


 こうやって、きっと黒アリスは、記憶の中に切り取られて、永遠に音もなく踊り続けるんでしょう。手を伸ばしても届かない。だって、アリスは、時間が折り畳まれたあの場に仮面を捨てて、そこから旅立ったんだもんね。
 それを思って、またズキズキしたり、ちょっと変だけど安堵に近いため息をついたり…。


 いったん手元に近づいた玉が、ぽーんと再び高く投げ上げられる。それを、見上げて、追いかけようかどうしようか躊躇する自分を、影のように見つめる別の自分がちらりと見えたような気がするのも、WONDERLAND症候群の一つでしょかね。


 とまあ、そんな風に、アリスと過ごした土曜の夜でしたとさ。


 とにもかくにも、本当に桐さんありがとう。